COLUMNコラム
高校生の喘息管理チェックポイント
新型コロナウィルス感染症流行の影響で、自身が学校医を務めている高等学校の健診日程も遅れていましたが、ようやく本年度分の全学年の健診を終えることができました。
学校健診の予診表に記入されている基礎疾患は、予め全校生徒分確認してから健診を行うのですが、やはり全体的に多く見られるのは食物アレルギーと喘息です。
食物アレルギーに関しては、原因食物の特定や乳幼児期からの経過などもきっちり把握されている方が多く、緊急時のエピペンを持たされている生徒さんもおられます。
一方で喘息に関しては、経過や診断そのものが曖昧であったり、処方されている薬剤や通院の状況なども不明瞭な方が、少なくないように感じました。
健康診断の場で、ひとりひとりに喘息症状の有無、経過や治療内容、発作予防のための注意点などを確認できれば良いのですが、残念ながら時間やプライバシー確保の問題で難しいことが多いので、この場で可能な限りお伝えしたいと思います。
今回は過去に喘息と言われたことがある、または現在も咳や喘鳴などの喘息の症状に悩んでいる高校生の方に向けた内容ですので、医学的な難しい言葉や詳しい説明はなるべく避けて、わかりやすく書いています。
もしあなたが喘息を持つ高校生またはその保護者の方であれば、現在の治療や毎日の状況が以下の3つの項目全てに当てはまるか確認してみて下さい。
① 「吸入ステロイド薬」を毎日きちんと続けている
② 「呼気NO(一酸化窒素)の検査」を喘息と診断された時や定期通院の時に受けている
③ 「発作が起きる原因」を知っていて回避することができる
①~③の項目が全て「はい」の方は、現在の治療を続けていただいて良いと思います。
ひとつでも「いいえ」がある場合は、該当する項目を読んでみて、もし気になる内容があれば、『呼吸器専門医』がいるクリニックや病院に相談してみても良いかもしれません。
① 「吸入ステロイド薬」を毎日きちんと続けていますか?
小児喘息だから思春期になれば治ると言われていた頃の名残や、ステロイド薬を続けることへの心理的な抵抗感も原因かもしれませんが、現在の治療が気管支拡張薬や抗アレルギー薬のみで、定期的な吸入ステロイド薬の使用を行われていない方が時々おられます。もしかすると過去には小児科に定期的に通院していたのに、小児科には行きにくい年齢になって、通院が滞っているのかもしれませんね。高校生になっている時点で、もう小児喘息ではありませんし、また小児喘息が治るのかに関しては議論の余地がありますが、高校生の時点で症状がある方には、基本的に喘息を完治させることは難しいと説明しています。
ただし、吸入ステロイド薬を主とした治療を継続することで症状を抑えて、喘息をコントロールすることは可能です。治療における重要なポイントは、症状があってもなくても、気道(空気の通り道)の炎症を抑えるために、吸入ステロイド薬は毎日継続することです。もしあなたが喘息と診断されているにもかかわらず、発作が出た時にしか薬を使っていない場合や、毎日使っている薬の内容に吸入ステロイド薬が含まれていない場合は、その薬を処方している医師に治療薬の内容を考え直してもらう必要があるかもしれません。
ステロイドと聞くと副作用が多いような印象があるかもしれませんが、みなさんが思っているステロイドの副作用は、ほとんどが全身に長期に亘って投与を継続された場合のものです。吸入ステロイド薬で主に見られる副作用は、吸入した薬剤が下気道(気管や気管支)に届く前に、一部が口腔内や喉、声帯などに付着することによるものです。具体的には、口内炎や声枯れなど局所の副作用で、一般的にイメージされている全身への副作用とは異なるものです。また吸入薬を使った後で、うがいなどを行い口腔内をきれいにすることで、この吸入ステロイド薬の副作用も軽減することができます。
薬を安心して長く続けるためには、一時的な症状の改善など目に見える効果だけではなく、副作用が少ないことや、不安が取り除かれるまで充分に、病状や治療内容について納得していることが大切です。気になることがあれば、医師や薬剤師の方に納得するまで質問して下さい。
② 「呼気NO(一酸化窒素)の検査」を受けていますか?
そもそも喘息の診断自体が曖昧のまま、薬剤治療を行われている場合も少なくありません。咳や喘鳴などの症状のみで、胸部画像検査や呼気NO検査も確認されず、「咳喘息」と言われて吸入薬を処方されている例も、残念ながら多いと思います。
喘息といえば、咳や喘鳴(ゼーゼーヒューヒューと鳴る呼吸音のこと)などの気管支が狭くなる症状がまず想起されますが、実は喘息という病気の根幹は「気道に慢性的な炎症が起こっていること」で、気道が狭くなっている症状はその結果に過ぎません。つまり喘息の治療の目標は、その時その瞬間の咳や喘鳴の症状を抑えることだけではなく、根底にある気道の慢性的な炎症を抑えることにあります。
これまでは気道の炎症の有無を数値などで客観的に判断する方法が乏しく、咳や喘鳴などの症状が改善しているかどうかが、喘息のコントロール指標にされていましたが、最近では呼気NO(一酸化窒素)の値などを調べて、気道の炎症が抑えられているかを評価することが重要と考えられています。この呼気NO検査は最初に喘息の診断を行う際や、治療薬の効果があるのかを評価する際などに行いますが、診断が曖昧なまま吸入ステロイド薬を処方されている場合にも、薬剤により呼気NOの値は低下しますので、既に吸入ステロイド薬が使われている場合には、喘息の診断が困難になる場合があります。
もし症状からは喘息が疑われるが、まだ治療が開始されていない場合や、既に治療が開始されているが症状の改善が思わしくない場合、また「気道の炎症の程度」を客観的に評価しながら治療を継続したい場合は、この呼気NO検査を受けることをお勧めします。
当院でも喘息の初回診断時や、薬剤治療を行う経過の中で、「気道の炎症」を評価するために呼気NO検査を実施しています。
③ 「発作が起きる原因」を知っていて回避することができますか?
当然ながら発作が起きる原因を知っていなければ、それを回避することは困難です。
風邪やインフルエンザなどの気道感染症を起こすと、程度は様々としても発作は起こりますし、スギなどの飛散距離の長い花粉や、気温や湿度、気圧の変化など、不可避な原因も多くあります。
しかし、ダニ・ハウスダスト、動物の毛やフケ、飛散距離の短い花粉など、代表的な増悪因子は自らの行動により回避可能な原因物質も多く、自身で把握しておくことが重要です。
室内でのダニ・ハウスダストの原因は、代表的なものでは、寝具、カーペット、ソファ、ぬいぐるみなどです。この中でも接触時間の長さと吸入抗原量の多さから、寝具の衛生対策は最も重要であり、家庭ではまず寝具を衛生的に保つことを最優先として下さい。また学校行事で外泊する際でも、「築年数の経過した旅館で他の生徒が枕投げを始めた」「寝床の場所が冷房の風が直接当たる位置だった」など、概ね似たような状況で発作は誘発されます。自ら外泊環境を変えるのが難しい場合は、事前に引率者に相談して、増悪因子を避けられるような環境作りを促したうえで、念のため発作時の吸入薬も忘れずに持って行きましょう。
ペットの毛やフケに関しては、原因として、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスターなどの一般的な家庭飼育動物が多いです。ペットを簡単に手放すことは出来ないでしょうから、室内での飼育を避けることや、衛生的に保つことなどを一般的にお勧めしています。ダニ・ハウスダストの項目と重なる部分は多いですが、寝具やカーペットなどに落ちた毛の掃除を入念にして下さい。時々ネコと一緒に寝る習慣を持っている方がいますので、まず「ネコと一緒に寝るのだけはやめて下さい」とお願いしています。
花粉に関しては、春に飛散するスギやヒノキなどの飛散距離の長い花粉を回避することは困難ですが、夏~秋にかけて飛散する花粉症は、飛散距離が短いものが多く、回避可能な場合があります。代表的なものは、キク科植物(ブタクサやヨモギなど)、イネ科植物(カモガヤなど)の花粉で、飛散距離は概ね 200 メートル程度と短く、その植物が生息している場所近辺を避けることや、マスクなどを着用することで暴露を避けることができます。
また運動で誘発される方も多く、特に冷たく乾燥した空気を吸うと発作が誘発されやすいことは、喘息の方以外でも誰でも思い付くと思います。しかし、稀にその中に『食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIAn)』という特殊な病態が隠れていることは、あまり知られていません。これは運動単体では発作は起こらないのですが、小麦や甲殻類などの直前(概ね2時間程度)の特定の食事内容や、頭痛や生理痛のため内服した非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)など、複数の条件が運動に重なって起こることが分かってきました。しかしまだ広く知られている病態とは言えないため、昼食後の体育の時間に発作を起こしている生徒を見ても、ただ「喘息を持っている生徒が体育の時間によく発作を起こしている」という程度の認識しか得られていない可能性があります。「運動によって咳や喘鳴、または蕁麻疹が出る」という症状がこれまでにあった方は、運動を行う前の食事内容や内服薬などの条件について、よく思い出してみて下さい。特に小麦を含む食事は、ラーメン、パスタ、カレーなど、ありふれたメニューのため気にも留めていない可能性もあります。
発作が起きる原因は、自分で気付く場合もありますが、他者に指摘されるまで思いもよらなかったような原因も存在します。大人でも、職場で全く思いも寄らなかった喘息の原因が発見される場合もあります。「もしかしてこれが喘息の原因では?」と思うことがあれば、ほんの些細なことでも結構ですので、遠慮せずに教えて下さい。あなたが喘息症状に悩まされずに毎日を過ごすことができるように、「発作が起きる原因」を一緒に探して回避する方法を考えましょう。